連休の夢

連休だからって寝すぎた

太陽光の入る部屋で寝てると、夢ばかり見る、

こんな季節の変わり目に脳味噌は現実と夢を混ぜてしまってる

🍁

秋な秋な秋な夢を見た

昨日学部の屋上に登った時、「これぞ秋だよね」と友人が言っていた。僕にとっての秋は、黄色に埋め尽くされたシティーロードを青山に向かって歩く道、或いはロマンスカーに乗って1時間、オレンジ色の景色をわざわざ見に行く非日常だったり。

「これぞ秋だよね」

新店渓から吹いてくる風に煽られて、ライターの火は一向につかない。日本から持ってきた防風ライターで友達のタバコに火を付ける。

そういえば、

そういえば、この週末にTokyo Art Book Fairが開催されたらしい。麻布から坂を降りて、外苑西通り沿いに乃木坂の方面に向かう。新宿方面に向かう都バスを眺めながら、銀杏道を30分ほど歩く。そういえばこの季節はもう、長袖長ズボンだっけ。あの時に来ていた服装を思い出しながら、フフフと笑う。

「これぞ秋だよね」

たまにiPhoneの天気で東京と台北の温度を比べる。台北と東京の温度を比べる。寒いなんて言ってるけど、東京からしてみたらまだ暖かい方よ、なんて思ったり。30度を下回ったら喜んでみたり。五感を土地に乗せて、また煙を吸う。

春に台北に遊びに来た時、同じように防風ライターで火を付けて、タバコを吸った。同じタバコでも違う味がしたような気がした。そんな新鮮さにもいつしか慣れてしまった。時差1時間なんてなんてことないと思っていた。僕にとっての深夜3時はあの人にとっての深夜2時だった。全く違う。僕にとっての深夜4時はあの人にとって深夜3時だった。”微レ存”、僅かな僅かが現実であったり、夢であったり、境目を曖昧にしてしまう。

「これぞ秋だよね」

誰かにとっての秋と、僕にとっての秋は同じようで違う。違うようで同じだろう、と言い訳をしながら重ねてみる。それでも重ならない誤差を自分の心の中に仕舞う。自分の心の中に仕舞っておいた「それ」は夢の中で現実になる。

なんて、

季節の境目の憂いには、こんな変なことを考えてしまう。

エモさとともに流されてしまうサマージャムは、「〜の秋」には通用しない。「〜の秋」なんて乱暴な使い方をするから、また季節感がごちゃごちゃになる。

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