始発電車に乗ってここに来たなら

また“ここ”に歸ってきた。

「始発電車に乗ってここに来たなら」

六本木の始発は黒人だらけだった。

孤独な朝の太陽は既に30度以上高いところを昇っていた。

30度に限りなく近い、こんな朝は後ろ歩きさえも許してくれない。

「始発電車に乗ってここに来たなら」

誰が作ったのか分からない唄が頭の中を、体内を、循環している。

「始発電車に乗ってここに来たなら」

住吉を出た始発の半蔵門線は5:20に大手町に着く。

長いエスカレーターで目を瞑って、ホームで29分の丸ノ内線荻窪行きを待つ。

いつもお馴染みのメンツが数人で列を作っている。いつも自分よりも早く並んで待っている老人は電車に乗ると、“始発フレンズ”に「おはようさん」と挨拶をし、地下で天気の話をし始める。

そんな人達がいた。

恐らく自分も顔を覚えられていたと思うが、最後まで声をかけられることはなかった。顔をスキャンされただけなのだから。

そんな中学時代を思い出しながら、六本木駅の始発に乗る。

「始発電車に乗ってここに来たなら」

六本木駅から始発電車に乗って家に帰る。

黒人だらけの始発に乗って、霞が関で降りる。

丸ノ内線のホームまでのエスカレーターで目を瞑る。ホームに辿り着く。

目を凝らして反対側のホームに到着した電車を眺める。自分が乗っていた1号車付近で懐かしい顔を見つけた。同じメンツはまた楽しそうに話をしていた。あれから何年経っただろう。そんなことを考える間もなく、懐かしい顔“たち”がそそくさと電車から降りていく。彼らは日比谷線の乗り換えに間に合うよう、ダッシュで階段方面に抜けていった。

「始発電車に乗ってここに来たなら」

その始発電車は、夕日の中を駆けていった。

『街はただ、夕日の中』

オレンジ色に染められたビル群に見下される。

「始発電車に乗ってここに来たなら」

後ろ歩きをしながら、小さな石ころに躓いて後頭部を地面にぶつけてしまいたい、なんて思う。勿論、そんなときにタイミング良く石ころなんて落ちていない。

覚悟を決める。

 

時刻表に埋もれている夕方の各駅停車に乗った。

目を瞑った。影は何処まででも伸びていった。知らない顔が、吊革に吊られていた。

電車に黒人はいなかった。でも、もうこの電車には乗りたくない。

ここに歸ってこれなくなるまえに、後ろ歩きをやめて前を向こう。

「始発電車に乗ってここに来たなら」

頭の中をリピートし続けているこの唄は、誰が作ったものなのだろう。

 

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